時価会計

取得原価主義

従来のわが国の会計基準は、取得原価主義が主流でした。わが国の「企業会計原則」の第3 貸借対照表原則(資産の貸借対照表価額)では、「貸借対照表に記載する資産の価額は、原則として、当該資産の取得原価を基礎として計上しなければならない。」と明記されています。これは、実際の取引に基づいて取得した時点の価額を記帳処理し、売却した等により資産が消滅した時点において、その時の価格との差額について損益を認識するというルールであります。あくまで実際の取引価格であるため客観性があり、取得以降でも価格の変動がないため検証することが容易であることから一般に資産価額の計上根拠として認められたものです。この取得原価主義の立場からは、時価主義については、時価評価により生じる損益は未実現損益であり客観性に乏しいこと、毎期時価評価替えすることは検証可能性の観点から問題があることからその主張は退けられたのです。

ところが、最近になって実際に取得原価主義会計のベースになっている実現主義を利用して、かたくなに取得原価に固執した結果、貸借対照表の資産価額全体が実態から乖離し、本来の企業の保有している資産価額が反映されていないことになってきました。すなわち、取得原価主義のもとでは、報告されるべき財務内容のかわりに誤った安定性が報告されることになったのです。

このひずみは、今回の時価主義会計の適用以前から指摘されており、これまでに有価証券の時価情報及び先物取引等のデリバティブ取引情報については、期末時点の時価と取得原価の差額について貸借対照表の簿外として注記情報として開示しておりました。

しかしながら、そうした注記情報を開示し取得原価主義を貫き通すことに対する不信感は、投資家まして外国人投資家などの利害関係者から払拭することが困難になったため、いわば時代の要請として時価会計が導入されたといえるでしょう。

時価会計の対象

時価会計の対象となるのは、すべての資産についてというわけではなく金融商品に限られます。
金融商品とは、金融資産、金融負債及びデリバティブ取引に係わる契約を総称したものです。デリバティブ取引に関しては、その価値はデリバティブ契約を構成する権利と義務の価値の純額に求められることから、デリバティブ取引により生じる正味の債権は金融資産となり、正味の債務は金融負債となります。

なお金融商品には複数種類の金融資産又は金融負債が組み合わされているもの(以下、「複合金融商品」という。)も含まれております。

今回の新基準では、金融資産、金融負債については、以下のように定義しております。

金融資産

1) 金銭債権
現金預金、受取手形、売掛金及び貸付金等
2) 有価証券
株式その他の出資証券及び公社債等の有価証券
3) デリバティブ取引により生じる正味の債権等
先物取引、先渡取引、オプション取引、スワップ取引及びこれらに類似する取引により生じる正味の債権等

金融負債

(1)金銭負債
支払手形、買掛金、借入金及び社債等
(2)デリバティブ取引により生じる正味の債務等
先物取引、先渡取引、オプション取引、スワップ取引及びこれらに類似する取引により生じる正味の債務等

   新基準では、金融商品は価格変動リスクを認識することが投資情報としても経営情報としても極めて重要であることから、客観的な時価が把握でき、当該価額により換金・決済できる金融商品は時価評価し、原則として、当期の損益に反映することが必要であるとしています。ただし、直ちに売却を予定しない有価証券(その他有価証券)については、時価評価差額を損益に計上せず資本の部に表示する等、保有目的に応じた処理を採用することも重要な変更点であります。

債権・債務の評価

金銭債権

一般的には、受取手形、売掛金、貸付金等の債権については市場がない場合が多く、客観的な時価を測定することが困難であると考えられるので、原則として時価評価は行いません。

一方、債権の取得においては、債権金額と取得価額とが異なる場合があります。その場合にこうした差異が金利の調整であると認められる場合には、金利相当額を適切に各期の財務諸表に反映させることが必要となります。したがって、債権については、取得価額と債権金額との差額を弁済期に至るまで毎期一定の方法で貸借対照表価額に加減する方法(以下、「償却原価法」という。)を適用することとし、当該加減額は受取利息に含めて処理することとなりました。

なお、債務者の財政状態及び経営成績の悪化等による債権の実質価額の減少については、「貸倒見積高の算定」として取り扱うことになりました。

従来、貸倒引当金の引き当ての算定方法についての一般的基準がなかったことから、法的な破綻に至るまで十分な引き当てが行われていたとは認められませんでした。これは、金融業界に対する国際的なバッシングを受けたことにより、かねがね問題であると指摘された点であります。そこで、債権を債務者の状況に応じ3区分した貸倒見積高の算定方法が定められました。

(1) 一般債権:経営状態に重大な問題が生じていない債務者に対する債権

     
過去3年間程度の貸倒実績率により貸倒れ額を見積もります。

(2)
貸倒懸念債権:経営破綻には至っていないが、債務の弁済に重大な問題が生じているか又は生じる可能性の高い債務者に対する債権

     
担保の処分見込額及び保証による回収見込額を考慮する方法が考えられえます。
       この他に、元利金の将来のキャッシュ・フロ?を見積もることが可能な場合に、元利金のキャッシュ・
       フローの予想額を当初の約定利子率で割り引いた金額の総額と当該債権の帳簿価額の差額を算
       出する方法によることもできます。

(3)
破産更生債権:経営破綻又は実質経営破綻の債務者に対する債権

      個々の債権ごとに担保等により回収できない部分を貸倒見積高とすることになりました。

金銭債務

金銭債務のうち支払手形、買掛金、借入金その他の債務は、債務額をもって貸借対照表価額とします。また社債は、社債金額をもって貸借対照表価額とします。したがって金銭債務については、時価会計の導入による影響はなく、従来の方法と変わりはありません。

有価証券

有価証券については、保有目的等の観点から次のように分類し、それぞれ貸借対照表価額及び評価差額等の処理方法が決定しております。

売買目的有価証券

時価の変動により利益を得ることを目的として保有する有価証券(以下、「売買目的有価証券」という。)については、投資者にとっての有用な情報及び企業にとっての財務活動の成果は有価証券の期末時点での時価に求められると考えられますので、時価をもって貸借対照表価額としています。

また、売買目的有価証券は、売却することについて事業遂行上等の制約がないものと認められることから、その評価差額は当期の損益として処理することになりました。

満期保有目的の債券

企業が満期まで保有することを目的としていると認められる社債その他の債券(以下、「満期保有目的の債券」という。)については、時価が算定できるものであっても、満期まで保有することによる約定利息及び元本の受取りを目的としており、満期までの間の金利変動による価格変動のリスクを認める必要がないことから、原則として、償却原価法に基づいて算定された価額をもって貸借対照表価額としております。昔の簿記の教科書のアキュムレーション法、アモチゼーション法と考えていただければよいと思います。

子会社株式及び関連会社株式 

(1) 子会社株式
   子会社株式については、事業投資と同じく時価の変動を財務活動の成果とは捉えないという考え方に基づき、取得原価をもって貸借対照表価額としております。これは従来の取扱いと変更はありません。

(2) 関連会社株式 
   関連会社株式については、個別財務諸表において、従来、子会社株式以外の株式と同じく原価法又は低価法が評価基準として採用されてきましたが、関連会社株式は、他企業への影響力の行使を目的として保有する株式であることから、子会社株式の場合と同じく事実上の事業投資と同様の会計処理を行うことが適当であり、取得原価をもって貸借対照表価額とすることになりました。

その他の有価証券(上記のいずれにも分類できない有価証券)
   子会社株式や関連会社株式といった明確な性格を有する株式以外の有価証券であって、売買目的又は満期保有目的といった保有目的が明確に認められない有価証券は、業務上の関係を有する企業の株式等から市場動向によっては売却を想定している有価証券まで多様な性格を有しており、一義的にその属性を定めることは困難と考えられます。このような売買目的有価証券、満期保有目的の債券、子会社株式及び関連会社株式のいずれにも分類できない有価証券(以下、「その他有価証券」という。)については、売買目的有価証券と子会社株式及び関連会社株式との中間的な性格を有するものとして一括して捉えることが適当であると考え、時価をもって貸借対照表価額とします。

市場価格のない有価証券の取扱い 
  
時価をもって貸借対照表価額とする有価証券であっても、市場価格がなく客観的な時価を把握することができないものもあることから、市場価格のない有価証券については取得原価又は償却原価法に基づいて算定された価額をもって貸借対照表価額とします。ただし、市場は幅広く定義されていますので、例えば、証券投資信託の受益証券で基準価格が公表されていないものであっても、当該証券投資信託の運用する金融資産又は金融負債の時価に基づき取引されるものについては、市場価格のある有価証券に該当すると考えられます。 

その他の有価証券の評価差額の取扱

売買目的有価証券、満期保有目的の債券、子会社株式及び関連会社株式に分類できない有価証券を「その他の有価証券」として分類しますが、この「その他の有価証券」の評価に際して発生した評価損益については、従来と異なる会計処理をすることになりました。

ア)評価差額を資本の部で処理する方法
   評価差額の取扱いとしては、原則として、その他有価証券の評価差額を当期の損益として処理することなく、税効果を調整の上、資本の部において他の剰余金と区分して記載する方法となります。

その理由は

(1) その他有価証券については、事業遂行上等の必要性から直ちに売買・換金を行うことには制約を伴う要素もあり、評価差額を直ちに当期の損益として処理することは適切ではないと考えられること

(2) 国際的な動向を見ても、その他有価証券に類するものの評価差額については、当期の損益として処理することなく、資本の部に直接計上する方法等が採用されていること

なお、評価差額については、毎期末の時価と取得原価との比較により算定することとしており、期中に売却した場合には、取得原価と売却価額との差額が売買損益として当期の損益に含まれることになります。

イ)評価差額の一部を損益計算書へ計上する方法

企業会計上、保守主義の観点から、これまで低価法に基づく銘柄別の評価差額の損益計算書への計上が認められてきました。このような考え方を考慮し、時価が取得原価を上回る銘柄の評価差額は資本の部に計上し、時価が取得原価を下回る銘柄の評価差額は損益計算書に計上する方法によることもできることになっています。

この方法を適用した場合における損益計算書に計上する損失の計上方法については、その他有価証券の評価差額は毎期末の時価と取得原価との比較により算定することとの整合性から、洗い替え方式によることとしています。 

時価が著しく下落した場合等の取扱い 

従来、取引所の相場のある有価証券について、その時価が著しく下落したときには、回復する見込があると認められる場合を除き、時価をもって貸借対照表価額とすることとされています。また、取引所の相場のない株式については、その実質価額が著しく低下したときには相当の減額をすることとされています。このような考え方は、取得原価評価における時価の下落等に対する対応方法として妥当であると認められます。本基準においても、市場価格の有無に係わらせて、従来の考え方を踏襲することとしています。

また、その他有価証券の時価評価について洗い替え方式を採っていることから、その時価が著しく下落したときには、取得原価まで回復する見込があると認められる場合を除き、当該銘柄の帳簿価額を時価により付け替えて取得原価を修正することを行う必要があります。この場合には、当該評価差額を当期の損失として処理することになります。

デリバティブ取引により生じる正味の債権及び債務

デリバティブ取引は、取引により生じる正味の債権又は債務の時価の変動により保有者が利益を得又は損失を被るものであり、投資者及び企業双方にとって意義を有する価値は当該正味の債権又は債務の時価に求められると考えられます。したがって、デリバティブ取引により生じる正味の債権及び債務については、時価をもって貸借対照表価額とすることとなりました。
また、デリバティブ取引により生じる正味の債権及び債務の時価の変動は、企業にとって財務活動の成果であると考えられることから、その評価差額は、後述するヘッジに係るものを除き、当期の損益として処理することになります。

なお、デリバティブ取引については、一般に、市場価格又はこれに基づく合理的な価額を時価としますが、デリバティブ取引の対象となる金融商品に市場価格がないこと等により公正な評価額を算定することが困難と認められる場合には、取得価額をもって貸借対照表価額とすることができます。

デリバティブ取引とヘッジ取引

デリバティブ取引は、取引により生じる正味の債権又は債務の時価の変動により、保有する企業が利益を得るか又は損失を被るものであり、企業にとって意義を有する価値は、その正味の債権又は債務の時価に求められると考えられます。したがって、デリバティブ取引により生じる正味の債権及び債務については、時価をもって貸借対照表価額とすることが原則です。
 
したがって正味の債権及び債務の時価の変動によるその評価差額は、当期の損益として処理することになります。但し、デリバティブ取引については、デリバティブ取引の対象となる金融商品に市場価格がないこと等により公正な評価額を算定することが困難な場合には、当期の損益で処理する客観性がないので取得価額をもって貸借対照表価額とすることができます。
しかしながら、デリバティブ取引がヘッジ手段として用いるヘッジ取引である場合には取り扱いが違ってきます。

ヘッジ取引とは、ヘッジ対象の資産又は負債に係る相場変動を相殺するか、ヘッジ対象の資産又は負債に係るキャッシュ・フローを固定してその変動を回避することにより、ヘッジ対象である資産又は負債の価格変動、金利変動及び為替変動といった相場変動等による損失の可能性を減殺することを目的として、デリバティブ取引を用いる取引をいいます。例えば外貨建ての借入金を固定金利で調達している場合に、返済期限に合わせて為替の予約取引を行うことや固定金利を低利の変動金利に引き直すために金利スワップ取引を行うことなどを意味します。

これは、原則的な処理方法によれば時価評価されその期間ごと損益が認識されることになりますが、ヘッジ対象の資産に係る相場変動等が損益に反映されない場合には、両者の損益が期間的に合理的に対応しなくなり、ヘッジ対象の相場変動等による損失の可能性がヘッジ手段によってカバーされているという経済的実態が財務諸表に反映されないこととなることに配慮したためです。

このため、ヘッジ対象及びヘッジ手段に係る損益を同一の会計期間に認識し、ヘッジの効果を財務諸表に反映させるヘッジ会計が必要となリました。

ヘッジ会計における会計処理

ヘッジ会計における会計処理の具体的な方法は以下の通りです。

(1) 原則的処理方法 

ヘッジ会計は、時価評価されているヘッジ手段に係る損益又は評価差額をヘッジ対象に係る損益が認識されるまで資産又は負債として繰り延べる方法によることを原則とします。 

(2) ヘッジ対象に係る損益を認識する方法 

ヘッジ対象である資産又は負債に係る相場変動等を損益に反映させることができる場合には、当該資産又は負債に係る損益とヘッジ手段に係る損益とを同一の会計期間に認識することも認められます。

これは、諸外国の会計基準では、このような考え方に基づく処理も採用されていることを考慮したものです。

(3) 例外的取扱い
また以下の状況になった場合には、原則的処理方法が取り得ないため次の処理をする必要があります。

ア)ヘッジ対象が消滅したとき

ヘッジ対象が消滅した時点でヘッジ会計が終了し、繰り延べられているヘッジ手段に係る損益又は評価差額をその期の損益として処理することになります。また、ヘッジ対象である予定取引が行われないことが明らかになったときにおいても同様に処理することになります。 

イ)ヘッジ会計の要件が充たされなくなったとき

ヘッジ会計の要件
1.ヘッジ対象が相場変動等による損失の可能性にさらされていること
.ヘッジ対象とヘッジ手段とのそれぞれに生じる損益が互いに相殺される関係にあること若しくはヘッジ手段によりヘッジ対象の資産又は負債のキャッシュ・フローが固定されその変動が回避される関係にあること

そのいずれかの要件が充たされなくなった場合には、ヘッジ会計の要件が充たされていた間のヘッジ手段に係る損益又は評価差額をヘッジ対象に係る損益が認識されるまで引き続き繰り延べることになっております。ただし、繰り延べられたヘッジ手段に係る損益又は評価差額に関し、見合いのヘッジ対象に係る含み益の減少によりヘッジ会計の終了時点で重要な損失が生じるおそれがあるときは、当該損失部分を見積もり、当期の損失として処理することが必要となります。




梅田公認会計士事務所     公認会計士・税理士  梅田 泰宏
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